NPO日本移植支援協会

専門家の意見

百々 秀心 先生

九州大学
消化器・総合外科
吉住 朋晴 先生


2014年

 「募金が集まり、臓器移植のため、米国へ出発」。このような記事を目にするたびに、日本に住む移植医としての無力感におそわれる。臓器移植とは、機能を喪失した臓器を健常な臓器と置き換えて機能回復を図る医療で、現在の医療レベルでは臓器不全に対する唯一の根治治療である。移植医療は悪いものを切り取るという外科手術とは異なり、働きの悪い臓器を良い臓器に取り替えるため、瀕死の状態にあった患者さんが、移植後に普通の人生を送る事も可能となる。女性であれば妊娠出産も可能で、外来に子供連れで来る患者さんも珍しくはない。このように臓器移植により、臓器不全に悩む患者さんの生活の質(QOL)は著しく改善する。

 移植はドナーの種類により、生体間移植と死体移植に分けられる。生体間移植は健康な親族(生体ドナー)から、肝臓、肺や膵臓の一部あるいは片側の腎臓を摘出し、臓器不全の患者さん(レシピエント)に移植を行う方法である。一方、死体移植は脳死あるいは心停止後のドナーから臓器を摘出し、レシピエントに移植を行う方法である。心臓、肺、肝臓、小腸などは心停止後ドナーからでは移植後の臓器の働きが悪く、事実上摘出できない。

 脳死移植の数が増加しなかった我が国においては、生体間移植が発展してきた。肝臓を例にとると、米国では2012年、6010例の脳死肝移植が行われた。生体肝移植は246例で、全肝移植数のうち、4%にすぎない。一方、我が国では2010年、脳死肝移植が30例、生体肝移植が443例になっている。日本肝移植研究会によると、我が国では毎年、約2600人が新たに肝移植の適応となると推定されている。全肝移植数から考えると、毎年2000人以上が肝移植を受けることができずに亡くなっている計算になり、脳死移植の必要性が分かる。

 2008年に世界中の移植医療関係者を集めた国際会議がイスターブールで開かれ、ここでイスタンブール宣言が採択された。以下は、それからの抜粋である。「臓器移植は世界中で何10万人という人々の命を救う事になった20世紀における医学的奇跡の一つである。(中略)世界的臓器不足を防ぐために各国が臓器不全を防止する努力をすると同時に、自国内での臓器供給を増やす努力をしなければならない。(中略)死体ドナーによる臓器移植を開始あるいは拡大する努力は、生体ドナーの負担を最小化するために不可欠である。死体ドナーによる臓器移植の発展を阻害するような障壁、誤解、不振の解決に取り組むには、教育プログラムの実施が有用である」。このイスタンブール宣言とそこで明示された臓器移植をめぐる環境整備への国際的な要請が臓器移植法の改正に影響を及ぼした事は関係者には周知の事実である。2010年7月から改正臓器移植法が施行され、脳死ドナーからの提供数は以前に比べ、飛躍的に増加したとはいえ、未だ我が国における年間の脳死下臓器提供数は50前後である。

 臓器移植は、手術手技及び術前術後管理の深い理解と向上により、特殊な医療ではなくなってきている。例えば、九州大学病院で年間行われる食道がんの手術は年間40例前後である。一方、同じく九州大学病院で年間行われる生体肝移植は約40例とほぼ同数で、1996年から2013年12月までに500例の生体肝移植が行われている。肝移植を必要とする患者さんは、肝移植を受けなければ1年後に生きている可能性はほぼ皆無である。一方、現在九州大学病院において生体肝移植後の生存率は1年後で約90%、10年後でも70%を越える。当院での脳死肝移植は未だ10例と数が少ないが、他国の状況を鑑みても、更に良い成績が出ると考えられる。

 毎年、医学部学生に脳死下臓器移植の講義を行っているが、講義後の反応は年を経るごとに、脳死を正しく理解し、臓器移植の推進に賛同するという学生が増えている感触があり、大変感慨深い。正しい情報を若い世代に伝えていく事で、歩みは遅いかもしれないが、確実に我が国の移植医療を取り巻く医療者側の状態は変わっていくと考えている。

 一方、我が国の脳死臓器移植を、国民の理解の下、ルールに基づいて進めて行く公益法人である、日本臓器移植ネットワークの活動を支援し、九州においても脳死下臓器移植の普及啓発活動や研究活動を行うことの必要性を強く感じ、西日本臓器移植推進協議会を創設し、脳死下臓器移植の啓発に向けてこれまで活動してきた。2013年から年に3回市民公開講座を開催し、臓器移植ネットワーク/救急医/移植医/コーディネーターなど様々な立場の演者にご講演いただき、さらに実際に臓器移植を受けた患者さん達に移植を受けられた事が患者さんとその家族にどんな意味があったのかを語っていただいている。会の終了後にアンケートをとると、参加した市民の皆さんからは脳死あるいは臓器移植に対する高い関心が感じられ、情報発信及び啓発活動の重要性を再認識している。

 まだまだ、臓器移植医療に対する様々な議論があるであろう。我々は、市民の皆さん、医師・医療従事者、メディアなど様々な人たちと、いまこそ議論を活性化していく必要がある。

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