NPO日本移植支援協会

専門家の意見

小野 安生 先生

静岡県立こども病院
循環器科
小野 安生 先生

はじめに
1997年に臓器移植法が施行され、日本でも脳死臓器移植が可能となりました。しかし、この法律では15歳未満は臓器提供者になれませんので体の小さい小児の場合は、事実上脳死臓器移植を受けることはできません。こうした現実の中で、臓器提供を受けることができない小児で臓器移植を延命の手段とした希望される場合、残された手段は海外渡航移植しかないと考えるのは当然の流れと理解できます。1998以降5年間、国立循環器病センターで渡航心臓移植の現場に深く関わった者として、心臓移植について現状の理解の参考になると思われる点について述べて生きたいと思います。

1)心臓移植の適応とは
国立循環器病センターからの心臓移植をめざしての渡航はこれまで9人(2003年6月30日現在)です。1998年から2001年までは毎年1人ずつ、2002年は4人、2003年1人です。このうち6人が移植後元気に帰国しました。1人は現地で移植待機中、1人は心臓移植手術後現地で死亡、1人は手術前に現地で死亡されました。渡航までの手順としては、最初に心臓移植の適応があるか否かの判断が必要となります。成人では院内の移植検討会で適応と判断されたら日本循環器学会の適応判定委員会へ判定の申請を出します。適応と判定された後に、患者本人と家族に対するインフォームドコンセントを行なった後に移植ネットワークに登録し、以後は待機となります。小児の場合も将来のシステムのことを考え、同様の手続きをとるようにしています。

心臓移植の適応があるかないかということは、とても大事なことなのです。たとえば、拡張型心筋症と診断されてもすぐ心臓移植の適応とはなりません。重症の心不全を伴いしかも試みるべき治療が尽くされていることが必要です。 つまり心臓移植は最後の手段ということです。最近はβ遮断薬など新しい薬剤が心不全に効果があることが証明され、こうした治療法で心不全が改善する場合もあるため、すべての治療法が考慮されあるいは行われ、それでも心不全が軽快しない場合にはじめて心臓移植の適応となります。

また、心不全が改善することもあるので6ヵ月毎に日本循環器学会の適応判定委員会へ最新の検査結果を報告します。もし心不全が改善していたら移植ネットワーク登録を中止することになります。さらに重症心不全であっても心臓以外に別個の臓器障害があれば、この場合も心臓移植適応になりません。成人の場合、たとえば悪性腫瘍(がん)の合併があれば、適応とならない可能性が高いと思います。また、心不全に伴って肝臓や腎臓の機能障害がある場合は、心不全の改善にともなって回復する可能性があると予想される場合には移植適応となります。

最後に心臓移植という治療法に対する理解、移植手術後の自己管理に関する理解と了解が必要です。小児の場合はこうしたことを理解することは難しい場合が多いのですが、小学生以上の場合はなるべく本人に説明するようにしています。現在心臓移植術後1年の生存率は約80%、10年の生存率は50-60%とされています。臓器移植という治療は他人の臓器が体内に入ることによって起こる免疫反応を抑えることが必要となります。

免疫反応を抑えすぎると抵抗力が弱まり、感染にかかりやすくなります。このバランスを薬の調節によって行うことになり、怠薬(くすりの飲み忘れ)が致命的になることもあります。臓器提供者の善意を最大限生かすためには、本人の治療に対する情熱が必要となります。従って、成人の場合喫煙者やアルコール中毒者などは移植適応とはなりません。

2)渡航移植について
成人の場合、心臓移植の適応があり本人と家族のインフォームドコンセントがなされれば、移植ネットワークに登録され移植手術を待つことになりますが、臓器提供の可能性のない小児の場合は渡航移植に頼らざるを得ません。こうした状況で家族が強く渡航移植を希望されることも断念されることもあります。家族が渡航移植を強く希望される場合、移植施設の選定と移植施設への手術依頼が必要となります。外国といってもこれまで日本人の心臓移植がおこなわれたのは、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカなどです。

このうちイギリスでは、現在外国人を受け入れていません。アメリカなどでは、外国人を受け入れていますが制限があります。各施設の前年の心臓移植数の5%未満の外国人の移植手術が可能とされています。たとえは、UCLAなどのように年間100人近くの心臓移植が行なわれている施設では年間4人から5人とか、年間20-30人の施設では受け入れは1年間で1人ということになります。従って、渡航先施設の選定はとても大変です。問い合わせたら資料を送れとのことなので、資料を送ったら、5%ルールを理由に断られたこともあります。

こうしてなんとか受け入れ先の病院が決まるまで早くて1か月、おそければ3,4か月かかることもあります。その間に心不全は進行するし、家族と担当医はストレスいっぱいの日々を過ごすことになるのです。さて、デポジット(前払金)を支払ったら、出発日の交渉となります。航空会社との持ち込み医療機器についての交渉も安全基準の変更などにより前回と同じようにいきません。いよいよ出発ですが、長時間の飛行は心不全に悪影響を及ぼします。低酸素、低気圧などの状態により、心不全は悪化します。

これまでの渡航9人中5人は明らかな心不全の悪化がみられました。我々の仕事はここまでですが、この後、本人と家族は慣れない土地での生活が待っているのです。現地ではボランテイアの方々がいろいろな援助を申し出てくださったりします。また、ここに至るまでもさまざまな大勢の人々が一人の子供を救うためいろいろな形で援助を下さいます。これらはすばらしいことですが、できうることなら早く国内でもこうした子供たちが手術を受けられるようになって欲しいと思います。

3)最後に 臓器提供について
心臓移植をはじめとする脳死臓器移植そのものに批判的な意見があることは知っています。さまざま価値観からさまざまな意見が出ることは当然のことでありこのことは、むしろ健全な社会の一つの指標とさえ言えると思います。臓器移植とは、延命のため臓器を必要とする人がいて、一方に臓器提供をしたいという人がいれば、そこで成り立つ医療ではないでしょうか。臓器は提供すべきとか、提供すべきではないとかいう問題ではなく、個々人が自分の価値観に基づいて判断すればよいことで、ドナーカードに意思表明を記載すればよいのです。

意見が変わったら書き直せばいいのです。現在は「必要の医療」から「欲望の医療」ともいわれる時代になったといわれます。美容整形や一部の不妊治療などはこれまでの医療の概念からは外れてきているように思えます。また、極端な話クローン人間などの問題までいったらチョット待てというしかありません。心臓移植は現段階では「必要な医療」です。「先進国」の子供たちでその機会が奪われているのは日本の子供たちだけであるということは日本の大人たちにぜひ知っておいてもらいたいと思います。

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