NPO日本移植支援協会

専門家の意見

加藤 倫子 先生

国立循環器病センター
心臓血管内科/臓器移植部
加藤 倫子 先生

はじめまして。「専門家」の意見として寄稿させていただく事に少々とまどいを覚えながら文書を書かせていただいています。移植という分野において私はまだまだ未熟で、世界や国内の多くの「本当の専門家」の先生方・患者様方に日々教えを請いながら、診療に当たらせていただいています。

私は日本で一例目の心臓移植(和田移植)が行われた年に産まれました。私が産まれた年のニュースをスクラップしていた循環器医だった父を通して、移植医療への関心を持ちながら医学部に進みました。私が医者になった当初はまだ脳死下での臓器移植は行われていませんでした。学生時代に見学に訪れた病院で生体腎移植手術を見学させていただき、摘出したまだ血の通わない紫色の腎臓に移植手術で血液が流れ出したとたん、腎臓がパッとピンク色に染まり手術台の上で尿を作り出す光景に言い表すことの出来ない感動を覚えました。

長い透析期間の間ご自分で尿を作ることの出来なかった患者様が移植を受けまだ眠ったままお腹も開かれた状態なのに、頂いた腎臓で何年ぶりかで自分の尿を作り出している・・・。私が移植に携わりたいと思い、今も移植医療の分野で仕事をさせていただいているのはこの時の感動があったからかもしれません。

迷わず、見学した病院で研修医をさせていただき、腎臓移植を受けた患者さん、免疫抑制療法に携わる先生方から更に多くの感動を頂きました。そして、いつかは心臓移植に関わりたいとの思いを強くし、米国の心臓移植の現場で学ばせていただく機会を得たその年に米国にて「日本で最初の臓器移植法の下での心臓移植が成功した」とのニュースを耳にしました。和田移植の年に産まれた私が、初めて心臓移植の現場で過ごしたその年に日本で最初の脳死下心臓移植が行われたというのは何かの巡り合わせかな、と思いました。

その後、様々なご縁から国立循環器病センター臓器移植部で勤務する機会を得て、末期心不全の患者様、補助人工心臓を必要とする患者様、移植を終えた患者様がたの診療に携わらせていただいています。国立循環器病センターという、日本国内で最も多くの移植を手がけている施設で働き移植を待つ多くの患者様達と過ごさせていただき、まず、自分の無知に愕然としました。

移植を志した者として本当に恥ずかしく思いました。移植を待ちながら亡くなっていく方が余りに多いという現実、そして移植に至ったとしても殆どの患者様は病院から一歩も出ることも不可能な状態で、体外式補助人工心臓を付けて2年から4 年という待機時間を個室という空間で過ごし、その間に身体だけでなく心まで辛い思いをしながら移植を待っているのだ、という事実に愕然としました。移植後免疫抑制療法ばかりを一生懸命学び、移植を終えた患者さんをどう守るかに必死になっていた私には、この病院に勤務するまで見えていなかった現実です。情報として知り頭では理解しているつもりでも、患者さんと同じ目線で考え自分の痛みとして感じることはなかったのではないか?と感じました。

何とかしなければならない、強く思いますが、若輩の私個人の力で出来る事なんて目の前の移植患者さんの免疫抑制剤をマネージメントする位しかありません。私は現場の声を伝えることで、そして多くの患者さんや専門家の先生方、そして有識者の方々とともに、移植医療がこの国のこの国独自の形で良いでしょうから、広く受け入れられる医療として定着することを望んでいます。下記は、心臓移植の現場の医者として私が望むことであり、私がすべき事はしていきたい点です。

1,移植法改正への提言。現行法のままでは、救われる患者さんと救われない患者さんが生じます。日本国憲法で日本人は移植を受けてはダメだとしているのであればまだしも、現行の臓器移植法では、辛うじて国内で救われる人がいる一方で小児は救われない、また成人であっても渡航移植という辛いリスクの多い治療に命を委ねる選択をせざるを得ない方が存在します。生き続けるために移植という治療を選択した患者さんに、法律がレギュレーションとなり不公平を生じています。

2,成人移植待機患者の現状を社会に周知させること。移植法改正の議論は、小児の移植を可能とする点が注目されています。しかし、成人で移植という医療を生き続けるために選択した患者様でも、移植待機を始めてから4年も病院の個室から出ることが出来ない場合もあり、入院と退院を繰り返しながら7年も移植を待って過ごしながら、それでも移植か移植に至らずに亡くなるという状況です。成人患者様に、移植を受けたいなら「あなたは個室から約2年間は出ることが出来ませんが耐えられますか、でもあなたが耐えると言っても移植が出来るかは解らずその間に亡くなる可能性もありますよ。」と説明し、実際に2005年以降は全ての心臓移植は2年以上の緊急度の高い待機期間を耐えることの出来た患者様に対してのみ行われているという現状を、もっと法改正に関わる方々や社会に知って貰いたいです。

3,在宅型補助人工心臓の早急な整備。上述に繫がりますが、我が国では心臓移植を待つ間は年単位で退院できないという事を意味しますが、欧米では在宅管理の出来る補助人工心臓が主流です。我が国では10年以上の遅れをとっていると言っても過言ではない気がします。心臓移植の体制を整える上で、我が国でも早急に移植に至るまでの間、患者様の心身を(身体のみでなく“心”の状態も良く保つために)移植を受けるまで出来る限り万全に保てるよう、在宅型(埋込型)補助人工心臓が早急に認可されることを望みます。

4,移植という医療の地域格差を減らす努力。臓器移植に通じた医師と知り合いだった医者に診て貰った場合は、その患者さんには生き続けるための手段として移植というオプションが提示されます。でも、そうでないと、あなたの病気は治りませんと一刀両断に説明されてしまいます。移植医療という手段が日本全国で、同じ基準で同じ程度に状態が悪い患者さんに提供されている訳では無いことを感じています。移植という医療について、国内で地域格差が無いように色々な地域の方々(患者様・ご家族・いつ患者様の立場になるか解らないその時点では健康な方・医療関係者全てに)現場から情報を発信し続ける事は、せめて私に出来ることかと思っています。

私は循環器内科医ですから手術は出来ません。移植で救える患者様がいたら救いたいし、そのために補助人工心臓が必要、もしくは強心剤が常に必要となる患者さんがいたら、出来るだけストレスの無いようにマネージメントしたい、そして心臓移植後の患者様が辛い中で乗り切って移植に至った移植後の人生を安心して任せられる内科医でいたいと思っています。

日本人として産まれた我々が、公平に移植医療という治療の恩恵を格差なく受けることが出来る日が早く来る日を望んでいます。移植支援協会の活動が、そんな日が早く来るような社会の動きに繫がればと思います。

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