NPO日本移植支援協会

専門家の意見

※専門家の意見は、臓器移植改正後の各先生のご意見をいただきリバイスする予定です。

星野 健 先生

慶応義塾大学病院
小児外科
星野 健 先生

臓器移植医療に足を踏み入れて、はや20年以上が経過しました。たしかに20年前と比べると、日本の移植医療の発展はめざましいものがあります。しかし、現在の日本の移植医療は、20年前の欧米における移植医療より勝っていると胸をはってはいえません。それはやはり脳死移植医療の未熟性からくるところなのだと思います。それでもこの医療は前に進まねばなりません.なぜなら、移植医療によってのみ元気になれる患者さんがいるからです。

私は医者になってまだ間もない頃、胆道閉鎖症のこどもが、親子の絆が強くなっていく2歳前後というまだ本当に小さいころに、肝硬変が進行し、肝不全や静脈瘤からの出血で短い一生を終える場面に直面しました。本当に悲しかったです。そして、肝臓移植の重要性を実感しました。これが私の移植医をめざそうと思ったきっかけでした。実際に自分が移植医療に関わるようになってから、末期肝硬変や劇症肝炎で死と直面していた子供たちが生まれ変わったように元気になっていく子供たちをみて、移植医療は現時点では必要不可な医療であることを確信しています。私はドイツのハノーバー医科大学で臨床肝臓移植を学び、日本に戻ってからは小児の肝臓移植を中心に最近は小腸移植の臨床に関わっています。生体移植一辺倒の日本の移植医療もこの7月からは新しい脳死法案の施行となり、これもあらたな一歩となることでしょう。

今日は小腸移植の事を少し述べてみたいと思います.小腸移植は以前は「禁断の移植」とまでいわれるほど、成績の悪いものでした.近年になり、手術手技のみならず、拒絶反応の診断、治療、新薬の開発などによってようやく、その成績が向上して参りました.といってもほかの移植にくらべてまだまだ未知数の部分があることは否めません。しかし、私が実際に「小腸移植は偉大だ」と実感したエピソードを披露いたしましょう。私は本来小児外科医であり、消化管機能不全の患者さんの治療に携わってきました.腸管が機能しないため、食事ができない患者さんがいます。食べようとしても気持ち悪くなって食べられないのです。いつしか食べるという行為にまったく関心がなくなってしまう患者さんもいます。

その子供たちになんとか食事をさせようと親御さんはそれこそ涙ぐましい努力をします。しかし現実は希望通りにはなりません。そんな患児(A君)に小腸移植をしました。移植後、初めて食事を口にする瞬間に私は立ち会いました.スプーンでおかゆをすくってまずにおいを嗅ぎました。いつもはごはんのにおいだけで吐き気をもようしていたA君でしたが、私の顔をみて「くさくない」と不思議そうにそしてうれしそうにいいました。それからおそるおそるスプーンを口にいれました。ゆっくりとのみこんで、次にまたスプーンですくって・・・・おかゆはどんぶりに入っていたのですが、いつしかそのどんぶりを手でもってスプーンを動かしていました.最後はどんぶりに口をつけてまさにおかゆをかきこんでいっきに食べてしまったのです。完食です。うまれてはじめて「おいしい」と思いながらどんぶり飯を食べたA君はほこらしげな顔をしてご両親、私、そして周囲の医療スタッフをみました。

移植医療はこんな感度的な場面を提供してくれるのです。高カロリー輸液で命がながらえたとしても、食事を楽しめなければ生きているとはいわない、とアメリカの移植医が私に語っていた事を思い出し、まさにその通りだと思いました。こんなすばらしい医療なのですが、問題点はたくさんあります。小腸移植の現在の最大の問題点は医療費にあります。保険適応の医療でないのです。使用する薬剤も保険適応外ですし、手術手技も保険で認められていません.寄付を募るか貯金をはたいて医療をうけねばなりません。国の財政逼迫のため、医療費の削減はある程度はやむを得ませんが、命を救う医療、「人間」の尊厳をもって生きていくことに必要な医療は優先的に国が保護することを考えてもらいたいものです.

1件の医療費が高いといっても、小腸移植を必要とする患者はほかの疾患の患者さんにくらべればきわめて少ないのですから、医療費の補助は考えていただきたいと思っています.現在、日本小腸移植研究会が中心となって国にかけあいながらこの件を進めています。医者が進めているだけでなく、患者さんからの強い要望も必要です。日本移植支援協会のみなさんはそのような多くの問題点について精力的に活動を展開されています。本当に頭がさがります。ひとりでも多くの患者さんが心から「生きててよかった!」と思えるように、皆が真剣に考える時代になってきていると思います.

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