高木雅代

私の友だちの大切な弟、そして私の妹の大切な友達の有村勇貴くんが亡くなって1年がたちました。勇貴くんは生まれつき心ぞうが悪くて、2回も手術をしたけど治らなくて、移植だけが助かる方法だということでした。私ははじめ、その話を聞いた時、脳死、移植の意味をまったく知りませんでした。ただ、みんなの大好きなかわいい勇貴くんを助けてあげたいと心から思いました。

寒い冬の日から街頭募金が始まって、みんないっしょうけんめい、たった一つの小さな命を守ろうとしました。勇貴くんが亡くなってから、私は何度もたくさんの人の前で作文を読みました。

初めは、ただ勇貴くんを助けるために始めたことなのに、いろいろな所で、いろいろな話を聞いているうちに、自分で納得のできないことがあったからです。なぜ勇貴くんは日本人なのにわざわざ外国へ行かなければならないんだろう。あんなに小さい体で、何時間も飛行機に乗って、言葉のわからない人に囲まれて、すごくすごく心細かったと思います。みんなで近くに行って、はげましてあげたくてもそれができなかった。なぜ、あんなにお金がかかるのだろう。みんなでいっしょうけんめい募金活動をしてもまだたりなかった。聞けば、父が一生働いても、はらえない金額だといいます。

15才未満は、日本では脳死心ぞう移植ができないというけど、なぜ15才なんだろう。外国だって、日本だって、子供の命の価値は一緒だと思う。言葉のちがい、目やかみの毛の色のちがい、それ以外何もかわらないのに、なぜ日本の子供だけ意志がないからと言うのだろう。私はまだ10才だけど、ちゃんと自分の意志も夢もある。妹だって6才だけど、ちゃんと自分の意見を言える。小さい時から、めぐまれない人に募金をとか、お年寄り、体の不自由な人を大切にと教えられて、自分の意志で募金をしてきた。15才以下だって、命の大切さを知っている子はいっぱいいるのに、なぜ自分の意志で人の命を助けることはできないんだろう。それなのに、15才いなっていきない意志を認めてもらえるなんて、絶対におかしいと思う。最近15才以上の人が自分の命や人の命を平気でうばってしまうけど、その人たちは世界中で生きたくても生きられない人がたくさんいることを忘れているんだと思います。移植がいいかどうかは私はまだよくわかりません。だって認めてしまうと、1つの命がなくなることによって、1つの命が助かるわけだし、だれかが悲しむことにはかわりがないから、ただ意志がないからだけの理由では、私は納得できないと思いました。それから、私のように身近でこういうことがあった人は、いろいろ考えるけど、何もない人は以前の私のように、脳死や移植の意味がよくわからないし、生きていられるのに、生きられない小さな子がたくさんいることだって、知らないんだから、当然ドナーカードの大切さだってわからないと思います。だから、きちんともっと教えていけばいいと思います。それと子供のことは子供の意見を聞くべきだと思います。私の友だちはみんな10才ぐらいだけど、将来の夢とかしっかりあって、いっしょうけんめい勉強しています。大人は問題をやたらむずかしくして、考える力をつけさせようとするのに、そういう意見を聞かないのは変だと思う。勇貴くんの時、学年のみんなで千羽鶴を折ったりいろいろ考えたり、話し合ったり、でもみんなちゃんとわかってくれたし、大人の意見だけで子供の命を決めないでほしい。子供はたくさん知恵や勇気をもっています。日本は子供が少ないんだから、助けられる子はみんなで助けてあげたいと思う。日本人なんだから、日本の力で治してあげたいと思う。私が将来お医者さんになった時には、「治してきなさい」ではなく「治してあげる」と言えるようになりたいです。

10月に法律で決める時、私たち15才以下でもちゃんとわかりやすく納得がいくように決めてください。よろしくお願いします。